!御注意!
ちょこっと、風倉要素有です。苦手な方はバック!!





 彼女と喧嘩した。原因は笑えるくらい下らないことだ。
 悪いのはどちらだったのかと問われれば、自分としか言えない。
 依って、こちらが一言「ごめんなさい」と謝ればすべて丸く収まるはずなのだが……そのたった一言の謝罪を口に出来ないまま、既に二週間という時が経過してしまっていた。
 元々、気質が正反対な彼女と自分は何時も些細なことで言い合いになることも少なくなかった。
 いつもならば、二人とも言うだけ言ってそれで終わり。次の日にはまたいつも通りというのが常だったのだが……今回は何かが違ったようだ。
 過去に数度、3、4日間程度に及ぶ喧嘩をしたことはあったが、その時はどれもこちらの性格をよく知る彼女が先に折れていた(こちらが悪くても、あちらが悪くても、だ)
 が、今回は彼女から何の音沙汰もなく二週間も過ぎてしまっているのである。
 これは本気で怒らせてしまったようだ。
 こうなってしまえば彼女は梃子でも動くことはないだろう。そういうところだけはとてもよく似ているのだ。僕と彼女は。
 かと言って、今更こちらから謝るというものも出来ない話で(一体どんな顔をして謝ればいいのか……さっぱり分からない)
 互いに意地を張り合って自然消滅するというのであればそれも仕方がない。彼女と自分の縁がその程度のものだった、ということなのだから。
 ……なんて思ってはみても、胸に生じたモヤモヤは消えてくれない。
 それどころか日に日にモヤモヤは増すばかり。友人達には「暗い顔が更に暗くなって、怖い」とまで言われる始末だ。
 少しでも胸の蟠りを消滅させたくて無駄だと知りつつ大きな溜息を吐いてみる。
「やぁ、随分と盛大な溜息だねぇ、荒井君!!!」
 背後からいきなり大声で声を掛けられ心臓が止まるんじゃないかと思うくらい驚く。
 この馬鹿でかくて馬鹿丸出しな声は……あの馬鹿しかいない。
 振り向かずとも得られた確信に、気が重くなる。
 気分が悪い時には……否、むしろ気分が良い時でもあまり顔を合わせたくはない人物だ。
 このまま気付いていないふりをしてやり過ごそうとも考えたが、彼のことだ。「他人との交流がなさ過ぎて耳が退化してしまったのかい」なんて厭味を言ってくるに違いない。
「そんなに大声で呼びかけないでも聞こえますよ、風間さん。声のボリュームを調整できないなんて、子供ですかあなたは」
 逃げられぬのであれば先手必勝だ。
「あっはっはっは! 君は馬鹿だなぁ。僕が声のボリュームを調整できてないって? 何を根拠にそんなことを言っているんだい?」
「根拠も何も、明らかに大き過ぎなんですよあなたの声は」
「でかいから調整できてないなんて安易すぎて失笑ものだね。でかいから調整できてないんじゃない。僕は敢えてこのボリュームで喋っているんだよ!」
 彼は胸を張り高らかに言うが、まったくもって意味がわからない。
「僕の美声を周りの皆ももっといっぱい聞きたいだろうからね。その思いを汲んでこうして聞かせてあげているってわけさ!」
 どう? 僕って優しいだろう? なんて見当は会ずれかつ勘違いも甚だしいことを自信たっぷりに言ってのける阿呆を華麗に無視して歩き始める。
 もうすぐテストだ。早く帰って勉強しなくては。
「ちょっ、君、どこに行くんだい?!」
「どこって、家に帰ろうとしてるんですけどそれが何か?」
 後ろから聞こえる声に足を止めず、振り返りもせず答える。
「帰宅部の僕が放課後まで学校に居座る理由なんてないですから」
 それでは、さようならと続け、一応手だけは振っておくことにする。
「ちょーーーーっと待ったぁ!!」
 と先ほどより更に大きな声で叫びながら、ドドドド……と凄まじい足音をたてながら風間さんが駆け寄ってきた。
 勢いを付け過ぎたらしく、彼は僕の真横では止まり切れず五歩ほど手前でバランスを崩しそうになりながらも何とか止まることに成功した。
 こけてしまえば良かったものを、などと思いつつ、
「風間さんはこの字も読めないんですか?」
 壁に貼られた「廊下を走るな!」という文字が書かれたポスターを指差し冷やかに言う。
 廊下を歩いていた他の生徒達が何事かとこちらを見ているのが気障りでしょうがなかったが、ここで相手せず進んでもまた同じことが繰り返されるだけだ。ここはこちらが大人になるしかない。
「馬鹿にしないでくれるかい? そのくらい読めるとも!! でもね、無知な君は知らないかもしれないけど”ルールは破る為にある”って言葉がこの世にはあるのだよ」
「何を格好つけて言ってるんですか。あなたみたいな人が日本を駄目にするんですよ」
「可愛げのない後輩だけど後輩は後輩だと思って、心配して声を掛けてあげたというのにその言い草はないだろう?」
「可愛げがないのではなく、あなたに対してそれを見せる必要が一ミクロンも見当たらないから、あなたにはそう見えるだけですし心配などされる義理もないので、構わないで下さい」
 ピシャリと言い放ち、相手の出方を窺う。いつもならばここで相手が顔をヒクつかせるところなのだが……。
「……何でニヤニヤしてるんですか? 気持ち悪いですよ」
 彼は予想に反してニヤニヤと気味悪く嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見ている。
 非常に、本当に非常に不愉快極まりない。
「いやぁ、不機嫌MAXだねぇ〜」
 歌うように言われたその言葉に苛々は募る。
「誰のせいですか、誰の」
「玲子ちゃん」
 語気を強め苛立ちを込めてぶつけた質問への答えは、考えもしなかったもので。不覚にも一瞬、頭の中が真っ白になってしまった。
「ど、どうしてそこで彼女の名前が出てくるんですか? 今、彼女は関係ないでしょう」
 何とかそう答えたが、動揺を隠せなかったことにチッと小さく舌打ちをする。
「関係はあるよ。最初からね」
「は?」
「恵美ちゃんにね、君と玲子ちゃんが冷戦中だって聞いたんだ。それで心配だったから声を掛けたってわけ」
「それはそれはとても有難迷惑です」
「ハッキリ言うねぇ」
 ふぅ、とわざとらしく溜め息を吐き方を竦める彼を、
「ハッキリ言わないと理解できないでしょう、あなたは」
 と睨みつける。
 が、今日の彼はよほど余裕があるらしく表情一つ変えない。
 それが更なるストレスとなりこちらに圧し掛かってくる。
「それに、あなたの場合心配してるんじゃなく楽しんでるだけでしょう?」
 指摘すれば、
「失礼な! 心配してるって言葉は本当だよ!! まっ、君のことはあんまり、だけどね。玲子ちゃんのことは心の底から心配しているとも!!!」
 別に威張って言うことでもないのに、彼は大威張りで言う。
「僕はいつでも可愛い女の子の味方だからね!!」
「いいんですか? そんなこと言って。倉田さんに告げ口しますよ」
「別に構わないとも。恵美ちゃんは僕の全てを愛してくれているからね。逆に僕の優しさに惚れ直すのが関の山さ」
 前髪を掻き上げながら無駄にナルシストなポーズをつけ語る。
 この根拠のない自身は一体全体どこから来るのか……謎だ。呆れを通り越して別の感情が湧き起こりそうだ。
「あなたみたいに超軽量な頭に生れてくれば人生楽しいことばかりだったでしょうね」
「あぁ、人生とっても楽しいね。いいだろう?」
 皮肉も通じやしない。
「……倉田さんの苦労を考えると、彼女が気の毒でなりません」
「まぁね。僕の様なカッコマンかつレディーファスト精神たっぷりのパーフェクト人間を彼氏に持つと苦労が絶えないのは当然のことさ。でも、安心したまえ! 僕がどんなに美女にモテモテだろうがマイファーストレディーは恵美ちゃんの他にはいないからね。彼女もそれを知っているうから僕たちはいつもラブラブなのだよ!」
 駄目だ。全く言葉が通じない。言葉のわからない外国人との方がまだまともな会話ができる気がする。
 この人との会話はそう、まるで異星人と話している感覚だ。
「喧嘩してあなたが土下座して謝ったって話を倉田さんから聞いたって、この前玲子が言っていましたけど?」
 言ってやれば、彼は「ぐむぅ」と唸り表情を歪めた。
 が、それは直ぐに何か良いことを思いついたような表情に変化した。
 嫌な予感がする。この手の予感はこちらの意に反し当たるのがこの世の不条理な定めだ。
「あの時は僕が少し彼女をお不安にさせ過ぎてしまったからね。本当に悪いことをしたと思っているよ」
 と眉間に人差し指を付け、アンニュイな雰囲気を醸し出しながら彼は言う。
「でも僕は大人でジェントルメンだからね。自分に非があれば直ぐに謝罪できる懐の大きな男なのさ!!」
 それは案にこちらが器の小さい男だと言っているようなもので。
 一応、これでも男のプライドというものはあるのだ。ムカつく先輩にムカつきを更に増加させるようなことを言われてカチンとこないわけがない。
「君も少しは僕を見習いたまえ!」
 ビシッと指さされ不快指数はメーターを振り切った。
「僕はあなたみたいに彼女の尻に敷かれるのは御免蒙ります」
 声を低くして言えば彼は若干逃げ腰になった。
「玲子ちゃんも大変だねぇ。こんなキノコ頭かつ分からず屋が彼氏なんて」
 しかし、それでも口は減らない。流石だとすら思ってしまった自分に嫌気がさす。
「まっ、このまま自然消滅してしまうのが彼女にとっては幸せなことかもしれないね。余計なお節介を焼いてすまなかったよ。周りがどんなにフォローしようとこういうのは結局は本人達の問題だ。これで縁が切れるようなら君達の縁はその程度だったということ。何もかもが仕方のない話だ」
 その言葉は珍しく的を射た正論で。言い返す言葉はないのだが、これはこれで物凄くムカつく。
 同じことを先程、自分も考えていたというのに彼に言われると全力で否定したくなってきた。
「じゃ、僕はもう行くよ。愛しい恵美ちゃんが僕のお迎えを待っているからね!」
 何も言えず地に視線を落としたこちらのことなどお構いなしに、言いたいことだけ言って風間さんは走り去ってしまった。


 走り去る彼を呆然と見送ってから、胸どころか身体全体に溜まってしまったイライラ感で重くなった足を必死に動かし、なんとか家に帰り浮いたものの気だるくて全く試験勉強をする気が起きない。
 明日は古文の小テストがあるというのに…これはマズい。
 恋愛関係の縺れで成績を落とすなど、言語道断。愚の骨頂だ。
 そんな愚か者にはなりたくないと、帰宅と共に倒れ込んだベッドの上からのそりと身体を起こす。
 身体に鞭打ってでも、勉強しなくては。学生の本分は勉学なのだから。
 下らないことは考えず、勉強に集中、集中……と、自分に言い聞かせ机に向かう。
 が、
「駄目だ」
 全然、全く、本当に、駄目だ。
 一人だというのに思わず声に出して嘆いてしまうくらい駄目だ。
 集中なんてできない。教科書に踊る文字たちが文字通り踊っているように見えて、意味がこれっぽっちも頭に入ってこない。
「こんなにもとは……想定外だ」
 呟き、イライラをぶつけるようにくしゃくしゃと髪を掻きむしってみる。
 こんなことで悩むなんて自分にはあり得ないことだと思っていた。
 教科書から目を逸らし、大きく息を吐きながら天井を仰ぎ見る。
 ぼんやりとしていると、自然と頭に浮かんでくるのは彼女の顔で。
 頭を振って、浮かんだ脳内映像を振り払おうと試みるが無駄な努力に終わる。
 どうしたものか、と考えれば、どうしようもないという答えが思い浮かび。
 どうやっても消えないというのなら、とことん考えてやろうじゃないかと半ば自棄になりながら自嘲する。
 思い返してみれば、まず最初に浮かぶのは出会った日のこと。
 衣替えしてまだ間もない夏の初め。
 新聞部が企画した七不思議特集のネタの語り部として赴いた、新聞部の部室にやはり同じく語り部として呼ばれていた彼女がいた。
 上靴の色から後輩である事を確認したのは覚えているが、彼女に対する第一印象というものは実を言うとあまり覚えていない。
 新聞部の記者が現れ、集会が始まり、彼女の番となり彼女が怪談を語り始めてから思ったのは”どこにでもいる女子”だ。外見や話し方、話から垣間見れる思想、どれをとっても”一般的”で、世間が基準にする”普通”から逸脱する要素は見当たらなかった
 今思えば、聞き手を除く他のメンバーが個性的過ぎたせいもあったのだろう。
 ”一般的女子高生”なんて生き物は自分にとっては一番遠い場所にいる存在だ。
 一期一会になるだろうと思っていたこの出会いは、その予想に反したものとなる。
 何がどうしてそうなったのか、今でもよくわからないのだけど……彼女は僕に懐いてしまった。
 彼女の様なタイプとは今まで関わり合いを持ったことがなく、戸惑いの連続だったが何故だか不思議とそれを嫌とは思わなかった。
 「私と付き合ってみませんか?」と何げない会話の流れで申し出てきたのも彼女の方。
 軽い感じのその告白に「断る理由も特に思い浮かばないし」とYESを返した。
 映画や小説などにみられるようなドラマティックな馴れ初めも熱い想いもんない。酷く曖昧で薄い関係。いつ崩れてもおかしくないし、ショックもない。
 そう、思っていた。
 だが……それはどうやら間違っていたらしい。
 ここまできたら仕方がない。認めよう。
 考えてみれば、彼女に関連することで自分の予想が当たったことなどただの一度たりともないのだ。
 風間さんに言われた後ということもあって、自分から謝罪するのは物凄く嫌なのだけど。
「……このままじゃ、何も手につきそうにないしね」
 言い訳めいたことを口にしながら意味もなくパラパラと教科書をめくってみる。
 謝ると決意してはみたけれど、どう謝ればいいのかという新たな悩みが頭に浮かぶ。
 直接、言葉で伝えるのが一番シンプルかつ最速で最良なのだろう。
 それはわかっているのだけれど……無駄に高いプライドを持つ自分には少々ハードルが高い。
 となれば、方法は絞られる。
 教科書をめくる手を止める。
 何気なく止まったページを見てみれば、そこに書かれた一つの和歌が目に入った。
 小倉百人一首の十三番目の和歌。
 授業で習った現代訳がパッと頭に浮かぶ。
 ああ、そうだ。これを拝借しよう。
 思い立ち、机の引き出しから便箋を取り出す。
 イラストも写真もプリントされていない味気ない便箋に、出来るだけ思いを込めて一字一字、和歌を写す。
 これで許してもらえるかは分からないが……これが今の自分の精一杯の謝罪だ。



筑波嶺の 峰より落つる みなの川
       恋ぞつもりて 淵となりぬる

 (翌早朝、気持ちを詰めた白封筒をそっと彼女の上履きの上に乗せた)




















現代訳:筑波山の峰から流れ落ちる川が、少しの水が溜まって深い淵となっていくみたいに、
僕の恋も、少しの想いだったのが積もり積もって、今はこんなに愛しちゃっていますよ的な感じ。




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