!初めにご注意!
エロ描写はありませんがネタ的にあれなんで、人生酸いも甘いも知らぬ学生さんは閲覧禁止。
酸いも甘いも知ってる大人でも、荒福ならどんなでもいける!という宇宙のように広い心
を持った方以外の閲覧禁止。
殺クラ・恋人設定です(一応)
何を見ても後悔しないという方のみ、閲覧どうぞ!


















 ジンジンと痛む親指を他の四本の指で固く押さえつつ、負傷のない利き手でスライド式のドアを開け放つ。
「失礼します」
 という言葉はドアを開けたのとほぼ同時に発されたもので。
 本来ならばドアをあける前に了解を取るのだろうが、痛みに急かされた今のこの状態ではそんなことすら考えもつかなかった。
 傷は深くはない。が、そのまま放っておくのは躊躇われるレベルものだ。
 早く消毒をして止血くらいしたい。
 その一心で足を踏み入れたその部屋は独特の匂いで満ち溢れていて、自然と顔が歪む。
 悪臭というわけではない。むしろ、これは清潔な証拠の匂いなのだろうがどうもこの薬品臭さは好きではない。
 部屋に入り、改めて中を見渡してみればそこには人の姿はなかった。
 授業中であるこの時間。いつもならば養護教諭が居るはずなのだが……いない。
 部屋に鍵がかかっていなかったところをみれば、少し席を外しているだけなのだろう。
 その予想はどうやら正解だったようで。
「あら、君。どうかした?」
 いきなり背後から聞こえた声に振り向けばそこには白衣を着た女性の姿。
「具合でも悪い?」
 訊きながら、養護教諭は早足でデスクのある場所へと移動した。
 自分のどこをどう見て体調不良だと判断したのか。その答えは容易に見当がついたが、それはあまり嬉しくはない判断基準であることは確かなので敢えて突っ込まないことにする。
「いえ、彫刻刀で指を切ってしまいまして」
 左手を開き未だ出血が止まらぬ親指を見せれば、
「あらあら、大変。これは思い切りやっちゃったわね〜」
 と養護教諭はそれを一瞥してからテキパキと薬品やら何やらの準備を始めた。
 大変と言ってる割にはその口調はおっとりとしていて何だか違和感がある。
 が、動きには無駄が無く早いことからそれはただ単に彼女が生まれ持った喋り方なのだろう。
「あなた、自分で消毒できる?」
「え?」
 そんなことを訊かれるなんて思ってもみなかったから、変な声がでてしまった。
 何故いきなりそんなことを訊くのか。それがわからず戸惑っていると、
「実はちょっと呼び出しをされていて。どうしてもはずせないし、遅れてもマズいのよ」
 と養護教諭は時計を見た。
 やはり、焦っているような口調ではないが表情はしっかり困り顔。
「だから、できれば勝手にやっててくれると有り難いんだけど」
 その言葉に呆れ果てる。
 怪我人を放置して出て行くのは職務怠慢といってもいい。拒否する権利はこちらにあるはずなのだが。
 こういった場合、それをすればこちらが悪者になってしまうことが多い。全く、不条理だ。
「わかりました」
 これ以上、無駄に気分を害すのは賢いとはいえないと判断し、内心ムカムカとしつつも素直に従う。
「有り難う! 助かるわ!!」
 了承の言葉を聞き養護教諭はパッと顔を輝かせた。
「あぁ、そう。迷惑ついでにもう一つ頼まれてくれないかな」
「は?」
「今、奥のベッドに寝てる子が居るんだけど、その子が起きたらこの薬を飲ませてやってくれないかしら?」
 この薬、と指さされた机の上の小さな箱に目を奪われていると、
「お願いね」
 とこちらの返事は聞かずに、手を合わせて拝むような格好のまま養護教諭は去って行く。
「いや、ちょっ、」
 待ってくれと呼び止めたかったが、呼び止める言葉はもはや彼女の耳には届かない距離になっていた。
「……まったく」
 図々しいにも程がある! と怒りながらもただただ彼女が出て行った扉の方を見つめることしかできずイライラは募る。
 しかし、元凶は去って行ってしまったのだからどうしようもない。
 指が鈍痛を訴え、早く治療しろと急かす。
 はぁ〜、と盛大な溜息を一つ零し、養護教諭の机の前に置かれた円椅子にどかりと荒々しく腰を下ろす。老朽化した金属が悲鳴を上げるがお構いなし。いっそ壊れてしまえばあの養護教諭を困らせることができて良いかもしれない。
 そんなことを考えながら、消毒液を手に取る。
 脱脂綿に消毒液を染み込ませ傷口に当てると純白の綿にじんわりと鮮やかな赤が広がっていく。
 痛みに顔が引き攣る。
 早いとこ終わらせてしまおうと、早々に消毒を終わらせるとガーゼで傷口を包み、包帯を巻く。
 これは少々、大袈裟すぎかもしれない。
 包帯を巻いた自分の指を見てそう思ったが、まぁ、いい。
 使用した消毒液や包帯、ガーゼなどを元の位置に戻し、一息を吐く。
 さて、どうしようか。
 半ば強制的に押し付けられた面倒ではあるが、このまま投げ出してしまうのは何だか気が引ける。
 返事をしていないのだから、という言い訳はできるが……それでは無駄にあの養護教諭の反感を買ってしまうような気がする。保健室にはこれからもお世話になることもあるだろうからなるべく教諭の反感は買いたくない。学校という小さな世界の中で生徒が自分の都合の良いように生きて行くには、教師に気に入られることが一番の近道なのだ。
 授業はまだ続いているが、自分は保健室に行ったと皆、知っているから気にする者はいないだろう。
 作品はまだ未完成だが、どうやっても今日中の完成は無理。提出期限はまだ先だ。焦ることもない。
 クラスの中に天才的な芸術家でもいるのなら迷うことなく養護教諭の頼みなどほっぽりだして授業に戻るところだが……残念ながら、あのクラスにそんな者はいない。
 戻っても退屈なだけだ。
「とはいっても見知らぬ病人の世話は正直、したくはないんだけど」
 小さくぼやきながら、視線を机の上にやれば薬の箱が目に入る。
 何気なくそれを手に取り箱の裏に書かれた用法用量などをぼんやりと眺める。
 その薬は一般家庭でも常備薬として置かれているもの。実際、自分の家にも置いてあり、高熱が出た時などに何度かお世話になったこともあった。
 風邪ひきが寝ているのだろうか? と視線を箱からベッドのある方へと向ける。
 使用中ということもあり、そこはクリーム色のカーテンで仕切られていて中は見えない。
 そこにいるのだという病人が起きているのかいないのか判断することは非常に難しい。
 声をかけてみればいいのだろうが、その声で病人を起こしてしまうのは申し訳ない。
 と、なればこっそり覗いて確認するより他無く。
 もし寝ているのなら、枕元にこれと水を置いて去ってしまうのも手かもしれない。そこまでやっていれば文句も養護教諭も言わないだろう(そもそも彼女は文句など言える立場ではないし、そんなことを言う可能性など考えてももしも話でしかないのだから無駄というものだが)
 ずっとここにいて、風邪を移されるようなことになったら堪らない(まぁ、そこにいる者が風邪だと決まったわけではないのだけど)
 クラスメイトが迎えにくる可能性は低い。今の時間、屋上辺りなら誰もいないし誰に見つかることもなく有意義に自分の時間を過ごせるだろう。
 脳内で計画を思い描きながら、薬を半ば無理矢理に胸ポケットに詰め込み椅子から立ち上がり、なるべく音を立てないよう慎重にカーテンに手を伸ばす。
 思いの外ザラザラとした質感をしていたカーテンをそっと横に引いて中を覗き込むと、真っ先にベッドの上の白い固まりが目に入った。
 暫く見つめていたが、その固まりは小さな上下運動を繰り返すだけで他には大きな動きはない。
 どうやらまだ眠っているようだ。
 ならば計画通りにと洗面台へ向かい、そこで紙コップに水を注ぐと再びベッドの方へ戻る。
 あそこが丁度いい。と視線を止めたのはベッドの脇に置かれた小さなテーブル。
 あそこなら、起きれば直ぐに置いてある物が目に入るだろう。
 そのテーブルまで忍び足で移動すると、そこに紙コップと薬を置く。その際、机と箱が触れ合いコトリと音を立てた。
 それはとても小さな音だったのだが……。
「う、ん……」
 どうやら起こしてしまったらしい。
 小さな音で覚醒したことも驚いたのだが、それ以上に驚いたことがある。
 女子生徒……だったのか。
 男の自分に世話を頼んだのだから、男子が眠っているのかと思っていた。
 養護教諭はベッドに眠っている子がいる、とだけしか言っていなかったのだからそれは自分の勝手な思い込みである。
 しかし、困った。早く状況説明をしなければ不審者と思われてしまう可能性がある。
 面倒だが、致し方ない。
「目が覚めましたか?」
 こうなれば何か言われる前にこちらから話しかけ、用件を伝えとっとと立ち去るのが一番だ。
「う……?」
 もぞり、と白い固まりが動き、うねる布の隙間からひょっこりと顔が飛び出してきた。
 亀のようだ、なんて思ったのは一瞬で。それは直ぐに驚きで掻き消された。
「あれぇ〜? 荒井先輩じゃないですかぁ〜……」
 驚きを感じたのは相手も同じことだったようで。
 目をこすりながら言った。
「福沢さん、だったんですか」
 看病を任された人物が知り合い……否、知り合い以上の人物だったと知り、少しホッとする。
「ちょっと怪我をしましてね。治療に来たのですが、急用があるからと先生に放置された上にあなたの世話まで押しつけられてしまったんです」
 まったく信じられませんと愚痴をこぼす。
「それは災難でしたね〜」
「ええ。本当に」
 強く同意すれば福沢はふっと微かな笑みを浮かべた。
 その顔にはいつもの生気はない。
 そういえば声にも生気がないような気もする。
 寝起きだから、というわけでもなさそうだ。
「福沢さんはどうしてここに?」
 何気なしに問えば、
「今日はさぼりじゃないですからね〜」
 福沢は力ない声で答えた。
 彼女に前科があることはよく知っているが……。
「それは流石に今の状態のあなたを見ればわかります。それに、これを飲ませてくれと先生から言付かってますし」
 とベッド脇のテーブルに乗せた薬の箱を指で突っつき示せば、福沢はのそりと上半身だけを起こした。
「あ、薬……」
「飲みますか?」
 訊けば福沢はこくりと頷いた。
 それを確認し、薬の箱を開け中身を取り出す。
 説明書を見れば十五歳以上一回三錠の文字。
 食後にとなっているが……多分、大丈夫だろう。
「どうぞ」
 包みから錠剤を取り出し、左の掌に乗せ右手に水を入れた紙コップを持つと同時にそれらを差し出す。
「有り難うございます」
 小さくお辞儀し礼を告げながら福沢は錠剤を取り、口に含んでから紙コップを手に取りそれを口元へと持って行く。
 ごくり、という音と共に福沢の喉が上下に動く。
「……はぁ〜。これで少しはよくなるといいんだけど」
 熱でもあるのかと訊こうとして、止める。
 先程、薬と紙コップを受け取る時に手と手が触れ合ったが、彼女の体温はそこまで高くは感じなかった。少し高めではあったが鎮痛剤を飲む程の熱さではない。
「ご迷惑お掛けしました」
「気にしないでください。僕は先生からの頼まれ事を成し遂げただけですので。ご迷惑を掛けたのはあなたではなく先生ですから」
 まあ、寝ていたのがあなたでなければここまで甲斐甲斐しくはしなかったでしょうけど、というのは自分の心の中にしまっておく。
「じゃあ、先生にお礼言っておかなきゃ」
「ついでに生徒に迷惑かけないように注意しておいてくれませんか」
 冗談半分本気半分で言った言葉に了解の言葉が返される。
 それから、ポツポツと他愛のない世間話が始まったのだが……どうも変だ。テンポが悪いというか、どこかしっくりこない。物足りないとも言えるかもしれない。
 そしてそう感じる原因は考えるまでもなく明らかだ。
「何だか、」
「ん?」
「不思議な感じがしますね」
 ふと思ったことをそのまま口にすると福沢は何が? と言うように首を傾げた。
「あなたに元気がないと不思議……というか、調子が狂います。いつもは五月蠅いくらいですから」
 試しにわざとカチンとくるようなことを言ってみるが、彼女は、
「あはは。ひっどいなぁ〜」
 と弱々しく抗議するだけ。
  普段ならば全身で怒りを表現し、食ってかかってくるところだが。これは余程、体調が悪いと見える。
 期待している反応が返ってこないのはつまらない。普段は普段でその騒がしさが煩わしく感じることもあるが、これよりはましなのかもしれない。
「明日には復活しますから、覚悟しといて下さいよ」
 物足りない、という思いを顔に出したつもりはないのだが。相手には伝わってしまっていたようで。
 福沢はそう言うとニヤリと笑った。
「明日には、とはやけに具体的ですね」
 少し気になり指摘してみると、
「これ、生理痛ですから」
 軽い感じで答えが返ってくる。
 その答えを聞いて、真っ先に頭に浮かんだのは、デリカシーがなかった、とか気まずいとかいう気持ちではなく……、
「安心しました?」
「えぇ、まぁ」
 そう。最初に浮かんだのは安堵だ。
 悪戯っ子のような笑顔の彼女にどういう顔で答えればいいのかわからず顔を逸らす。
「私もですよ〜。今回ばかりは超ドキドキでした」
 その言葉に返す言葉は見つからない。
 黙りこくっているこちらの心中など知らぬ彼女は一人喋り続ける。
「スリルを味わうのは好きですけど、もうこんなスリルは勘弁ですからね」
 と福沢は半眼でこちらを睨んできた。
 責めるような、否、責める視線に居心地は最悪となる。
 福沢はそれからも胸にグサグサと突き刺さるような言葉をぼやき続けた。最初は冗談っぽかった口調も数重ねるごとに熱を帯びる。
 この件に関して自分は対抗する武器を持たない。どんなに言い訳をしてみても自分に非があることは否めないのだ。
 反論を口にしても墓穴を掘るだけならば、自分は置物であるかのように振る舞い、嵐が過ぎるのを待つのみ。
 心の中に溜め込んでいた毒を吐き出せるだけ吐き出してしまえば彼女の機嫌は直るということは過去の経験から立証済みである。
 言葉一つ一つを真面目に受け止めていたら身、と言うか精神が持たない。
 ヒートアップしてはいるがいつもよりは勢いのない福沢の文句を右の耳から左の耳へと受け流しながら、そう言えば、と目まぐるしく動く彼女の口元から目を離し、彼女が座しているベッドに視線を移動させる。
 あの時のベッドも、確かここだったはずだ。
 思い出したのは今、彼女が必死に愚痴りこちらを攻撃する原因となった事件。
 いや、事件というのは少し大袈裟か。
 あんなのは些細なことだ。
 その日は久々の部活動の日で。皆、最初からテンションが高かったように思う。
 それは外面には出さないが、自分とて同じこと。
 部長の合図とともに始まったが人狩りと言う名の狂宴は、獲物の質も相俟って盛りに盛り上がった。
 自分達『部員』は狩る側であるが、だからと言って絶対的な勝利を約束されているわけではない。
 窮鼠猫を噛むという言葉があるように、追いつめられた弱者は時に想像不能な行動に出たり、想定外の力を発揮することが多々ある。
 殺るか殺られるか。そのラインは非常にギリギリであり曖昧だ。
 そのスリルは脳を刺激し、快楽を呼ぶ。
 それが紙一重の戦いであればあるほどその快感は増すというもので。
 その日の戦いはまさにそれ。
 通常、獲物は一匹だ。それに対し狩人は七匹であるから必然的に獲物の奪い合いとなる。
 窮鼠は足掻きに足掻きまくり、七匹の猫の中の一匹に一筋だが腕に深い傷を負わせた。
 それでも何とか負傷した猫は勝利を手にした。
 その猫が、自分である。
 部活が終われば各自、片づけをして挨拶もなしに解散、というのが常で。
 その日もいつも通り持ち場を片付けた部員達は次々と挨拶もなく帰って行った。
 狩りの内容が濃密なものだったことや、久しぶりに獲物にトドメをさせたこともあり興奮がなかなか冷め止まなかった為、暫く校内に残っていた自分の元にひょっこり姿を現したのは福沢だった。
 もう全員が帰ったものだと思っていたので少し驚いたが彼女が「最後までサポートしなきゃ気が済まないので、応急処置させて下さい」と笑顔で保健室の薬品棚の鍵を振ってきたので、ああ、成る程と納得した。
 前の部活で自分は彼女を助けており、今回の部活が始まる前に「あの時のお礼に今回は私がサポートします」と申し出てきていたのだ。
 申し出を断る理由も特になく。促されるまま彼女と共に不気味なくらい静かで暗い夜の保健室へと足を踏み入れた。
 あの日の自分の選択に間違いがあるとすれば、この選択だろう。
 大した怪我ではないと断っていれば、こんな風に責められる事態にはならなかった……と思う。
 部活中の怪我はよくあることでその治療として勝手に保健室の備品を使用することも多い。勝手知ったるなんとやら、という感じで福沢はテキパキと応急処置を進めた。
 何故だかよく覚えていないけれど、二人の間には言葉はなく。暗く静かな校内にはカチャカチャと治療道具を動かす音だけが響いていた。
 傷は浅くはなかったが、できてすぐにタオルで縛っておいたため血は止まっていたこともあり応急処置を終えるのにはそう時間はかからなかった。
「ご免なさい。サポートするって言ったのに怪我負わせちゃって」
 最後の仕上げ、包帯を巻き終えた福沢が漏らした呟き。
 そんなに気に病むことではないと自分の中では位置づけていたことだったので、彼女のその落ち込みっぷりには正直驚いたのをよく覚えている。
 窓から幽かに入ってくる月光が彼女の表情を照らし出した時……身体が勝手に動いていた。
 人間という生き物が……否、人間だけではない。生きとし生けるモノの殆どがその命の危機に瀕した時、活発に働くものがある。
 それは、子孫を残そうというという本能だ。
 死線を越えるような戦いに身をおけば、性欲が高まるというのは昔からよく知られていること。
 戦国時代などでは華々しい勝ち戦の話の裏に、勝ちを手にした兵がその勢いに任せ近隣の村の女を襲ったなんて醜い話が隠れていたりするものだ。
 場の雰囲気に酔い、思考能力が低下した状態ならばその本能に流されてしまっても仕方がない。
 ……なんて言い訳じみたことをすれば、きっと彼女は激怒するだろうから言わないが。
 なんて事を考えていると、
「別にH自体が嫌だったって訳じゃないんですよ? ただ、もうちょっと考えてほしかったというか、こちらの意見ってものをね……って聞いてます?」
 こちらが上の空だと気付いたらしい福沢が低い声で訊いてきた。
 その問いを自分の脳がキャッチしてくれたのは偶然だ。
 気付けて良かったという安堵感と共に思考が過去の回想から現実へと引き戻される。
 瞬間、目に入ったのは福沢の顔。
 具合が悪いためか、いつもより肌が青白くみえる。
 それに寝起きのため、まだ目がとろんとしている。
 よくよく見てみれば、布団を頭まで被って寝ていたせいか少し汗をかいているようだ。
 その姿を見て、またあの日の情事がフラッシュバックする。
 ベッドに敷かれた布団から香る洗剤の匂い、棚に並べられた薬品の匂いに脱ぎ捨てた衣類に付いた血の臭い。そして、自分と彼女が交わり発する体液の匂い。様々な香りが入り混じり、本能を刺激していた。
 学校という秩序や社会常識を学ぶ場所の中の一番清潔に保たれた場所で、学生たる身分の自分達には“禁じられた遊戯”を行うのはとても背徳的で。その甘美な誘惑に流されるまま身を委ねる。
 高く響く嬌声と月光に照らし出されるしなやかな肢体。純白のシーツに広がる皺と透明なシミ。
 その情景はまるで芸術作品のように美しく、思い出すだけでも身体の芯がゾクゾクと疼きそうになる。
 ……っと、いけない。また思考が過去へ逆戻りしてしまっていた。早く彼女の問いに答えなければ。
「ちゃんと聞いてますよ」
 本当は全く聞いていなかったのだが、そんなこと感じさせないよう堂々と言い切る。
「本当ですかぁ?」
 疑心暗鬼といった感じの福沢に「ええ」と表情を崩さないよう努め答える。
「それならいいんですけど」
 と言ったがその表情から察するに完全に信じたわけではないようだ。
 もっとも、胡散臭いことは否めないのでそれが当然の反応といえる。素直に信じたとしたら、きっと自分は彼女に失望するだろう。
 彼女は馬鹿だがそこまで馬鹿じゃない。
「兎も角。今後一切、中出しは駄目ですからね。ゴムある時しかしませんから」
 ストレート過ぎるくらいストレートな言葉に自然と眉根に皺が寄るのが自分でもわかる。
 そんなこちらの表情を見て、福沢は少しだけ口の端を上げたが、そこからは相変わらずくどくどとお叱りの言葉が漏れている。
 体調が悪いというのによくここまで喋れるものだと呆れつつ戦場の銃弾の如く降り注ぐ非難の言葉を聞き流す。
 彼女はこちらが困っている姿を見て楽しんでいるらしい。途中でその事に気付き、苦いものが込み上げる。
 優位な立場だと余裕たっぷりなその表情をどんな形でもいいから変えてやりたいという気持ちがむくむくと湧き上がってく。
 たとえ自分に非があったとしても、言われっぱなしは性に合わない。
 かといって、あの時はあなたもたいして抵抗しなかったじゃないですか、なんて台詞を吐いて三下奴臭くなるのは以ての外だ。
 となれば、一番効果的なのは……先程、彼女が発した言葉の揚げ足を取ること。
「あの、」
 ノンストップで不満を口にし続けている福沢の言葉を強引に遮り割って入る。
「何ですか?」
 福沢が訝しげにこちらを見る。
「さっき今後一切といいましたよね?」
 訊けば福沢は更に訝しげな顔になる。
 突然何を、と思っていることは一目瞭然。
「……言いましたけど、それがどうしたって言うんですか?」
 想定通りの応答に頬の筋肉が緩むのを感じる。
「いえ、本当に今後一切禁止でいいのかと思いまして」
「……どういう意味ですか?」
 これでもかというくらいに顔を顰めて投げ掛けられた問いに、
「結婚して子供が欲しくなった時に困るでしょう?」
 耳元でそう囁いてやれば目を丸くした彼女の顔が一気に真っ赤に染まる。
 その驚きの表情の中に混じった喜びを見つけ、不満感はたちまち満足感へと変化を遂げたのだった。


保健室の秘め事
 (まぁ結局、その後また怒られたのだが。一矢報えたのでそれでよしとしておこう)






すいませんでしたぁ!!!









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